HubSpotは、マーケティング、営業、顧客対応を支えるソフトウェアの会社です。無料で使える顧客管理(CRM)を入口に、中堅・中小企業を中心に世界中で使われています。
この会社の本当の発明は、ソフトウェアより前にありました。「追いかける営業」から「見つけてもらう」へという考え方に名前をつけたことです。人材紹介の集客にもそのまま通じる、その来歴を追います。
ブライアン・ハリガンは、ソフトウェア会社で長く営業を担ってきた人でした。MITスローン経営大学院にMBAを取りに来たとき、すでに30代後半で、同級生より年上だったといいます。
ダーメッシュ・シャアは、自らソフトウェア会社を創業して売却した経験を持つエンジニアでした。2004年、MITのイベントで2人は出会います。シャアの妻は、野球好きで派手な音楽を好むハリガンと、内向的なエンジニアの夫とは合わないだろうと心配したそうですが、2人はすぐに意気投合しました。
2人が気づいたのは、ものを買う人の行動の変化でした。人々は広告を飛ばし、迷惑メールを捨て、営業電話を避けるようになっていた。代わりに、検索やブログ、SNSで自分から情報を調べるようになっていたのです。
それなのに企業の多くは、相変わらず営業電話や買い取ったリスト、広告に予算をつぎ込んでいました。買い手が嫌がる方法で、買い手を追いかけていたわけです。
ハリガンとシャアは、逆の方法を考えます。見込み客が知りたいことに答える役に立つ情報を発信し、それを見つけてもらう。興味を持った人が、自分から名乗り出てくる。これを彼らは「インバウンドマーケティング」と呼びました。
2006年、2人はHubSpotを創業します。最初の製品は、ブログ、検索対策、ランディングページ、アクセス解析などをまとめた、中小企業向けのサブスクリプション型ソフトウェアでした。大企業ではなく中小企業を選んだことは、創業初期の大きな決断だったと2人は振り返っています。
2007年に公開した、ウェブサイトを無料で採点するツールは、多くの見込み客を集めました。自分たちの考え方を、自分たちの集客で証明したのです。
2009年には、2人の共著『Inbound Marketing』を出版します。広告や迷惑メールのように人の邪魔をするマーケティングは避けられるので、見込み客に役立つ情報を提供し、相手に自ら名乗り出てもらうべきだ、というのがその主張でした。考え方、本、ソフトウェア、そして毎年のカンファレンス。HubSpotは一つの思想を中心に、市場そのものを作っていきました。
2014年、HubSpotは無料で使える顧客管理(CRM)を公開します。まず無料で使ってもらい、必要に応じて有料の機能を足していく。これもまた、「追いかける」のではなく「見つけてもらう」考え方の延長でした。同じ年、ニューヨーク証券取引所に上場しています。
その後、HubSpotはマーケティングだけでなく、営業、顧客対応、ウェブサイト管理へと製品を広げ、一つのプラットフォームにまとめていきます。後から買い足した製品を寄せ集めるのではなく、最初から一つにつながるように作ることにこだわってきました。
2021年、ハリガンはCEOを退き会長となり、ヤミニ・ランガンがCEOを引き継ぎました。シャアは今もCTOとして、AIを組み込んだ製品づくりに関わっています。
HubSpotは、社内の文化そのものも「見つけてもらう」対象にしました。2013年、同社は自社の価値観や働き方をまとめた128枚のスライド「カルチャーコード」を公開します。この資料は500万回以上ダウンロードされ、ソフトウェア企業が自社の文化を語るときの手本の一つになりました。
採用でも同じ考え方が働きます。会社のことを正直に、詳しく発信すれば、その文化に合う人が自分から応募してくる。インバウンドの考え方は、製品を売るときだけでなく、人を集めるときにも使われていたのです。
出所:HubSpot 2025年通期の決算発表。数値は公表時点のもの。
出所:HubSpot 2025年通期の決算発表・決算説明。
出所:HubSpot 年次報告・決算発表。上場の年から11年で約27倍。
2025年の売上は31.3億ドルで、前年より19%増えました。顧客は28万8千社を超え、1年で4万社以上増えています。売上のほぼ半分は米国の外から生まれています。
2025年には、問い合わせ対応や見込み客の開拓を担うAIのエージェントを製品に組み込み、「成長企業のためのAIの顧客基盤」を掲げています。見つけてもらったあとの対応まで、AIで支える方向です。
HubSpotの日本法人は2016年2月に設立され、同年7月に営業を始めました。これは非英語圏で世界初の拠点でした。
日本で事業を始めた背景には、少子高齢化で働く人が減るなか、「やみくもな営業」で売り手も買い手も疲れる状況を変えたいという狙いがあったと同社は説明しています。営業電話や飛び込みが根強い日本の商習慣のなかで、インバウンドの考え方を広げることは、HubSpotにとっても挑戦でした。
今では日本でも、中堅・中小企業を中心に、マーケティングと営業の土台としてHubSpotを使う会社が増えています。HubSpotを使いこなす人材そのものが、転職市場で求められるようになっています。
HubSpotの考え方は、人材紹介の集客にもそのまま当てはまります。候補者の多くは、エージェントからのスカウトや電話に疲れています。一方で、転職を考え始めた人は、自分で情報を調べています。
| 追いかける集客(アウトバウンド) | 見つけてもらう集客(インバウンド) | |
|---|---|---|
| 主な手段 | スカウト、営業電話、広告 | 記事、事例、セミナー、SNSでの発信 |
| 候補者の状態 | 興味がないところに声をかける | 興味を持った人が自ら相談に来る |
| 続けた結果 | 打つ量を増やし続ける必要がある | 発信が資産として積み上がる |
役に立つ情報を発信し続けると、候補者のほうから「この人に相談したい」と来てくれる状態が作れます。スカウトの量を増やし続けるのではなく、選ばれるための発信を積み上げる。HubSpotが20年かけて示してきたことは、エージェントの集客設計を考えるうえでも大きな手がかりになります。
このテーマは、10月21日開催のセミナー「スカウトを打ち続けるから卒業する。『選ばれるエージェント』の集客設計」でも詳しく扱います。イベントページはこちら。
HubSpotは2006年、MITスローンで出会ったブライアン・ハリガンとダーメッシュ・シャアが、広告や営業電話を避けて自分で情報を調べるようになった買い手の変化に気づいて創業した会社である。その変化を「インバウンドマーケティング」と名づけ、本とソフトウェアで市場を作り、2014年に上場した。追いかけるより見つけてもらうという考え方は、エージェントの集客設計にも通じる。