Notionは、メモ、タスク管理、社内Wiki、データベースを一つにまとめたワークスペースのソフトウェアです。個人から大企業まで、世界で1億人以上が使っているとされます。
今では欠かせない道具になったこの製品は、一度ほぼ死にかけました。その危機を、創業者たちが京都の小さな家でどう乗り越えたのかを追います。
イバン・ジャオは、カナダのブリティッシュコロンビア大学で認知科学と美術を学び、プロダクトデザイナーとして働いていました。1960〜70年代に「コンピュータで人間の知性を拡張する」ことをめざした研究者たちに強く影響を受けていたといいます。
ジャオが不満を感じていたのは、用途ごとにばらばらの道具を使わなければならないことでした。メモはこのアプリ、タスクはあのアプリ。しかも、使う人が自分に合わせて作り変えることはできません。プログラミングができない人でも、自分の道具を組み立てられるソフトウェア。いわば「ソフトウェアのレゴ」を作りたいと考えました。
2013年、ジャオは技術を担うサイモン・ラストとともにNotionを創業し、友人や家族から約200万ドルを集めます。最初の製品は、コードを書かずにウェブサイトやアプリを作れる道具でした。
しかし、製品は選んだ技術の土台が悪く、頻繁に落ちました。機能は複雑すぎて、使う人にも響きません。3年近く作り続けた2015年、2人は資金が尽きるか、ゼロからやり直すかの選択を迫られます。
2人は、数少ない社員を解雇し、サンフランシスコのオフィスを閉じます。そして、生活費がサンフランシスコの半分以下だった京都へ移りました。ジャオは会社を続けるため、母親から15万ドルを借りたと伝えられています。
借りたのは、障子一枚で寝室が仕切られた小さな2階建ての家でした。日本語は話せず、周りに英語を話す人もいない。2人は着替えも掃除も料理もそこそこに、1日18時間パソコンに向かい、製品をゼロから書き直しました。ジャオがデザインを、ラストがコードを担いました。
この1年で生まれたのが、今のNotionの土台となる「ブロック」の考え方です。文章、見出し、チェックリスト、画像、表。あらゆる要素をブロックとして自由に組み合わせられる。複雑さをそぎ落とし、組み立てる自由だけを残しました。
2016年に公開したNotion 1.0は、新しい製品を紹介するサイトProduct Huntで大きな反響を呼びました。2018年には、表やカンバン、カレンダーとして同じデータを見られるデータベースを加えた2.0を公開し、利用が一気に広がります。
Notionの成長の特徴は、使う人が自分で作ったテンプレートや使い方を共有し、それが次の利用者を呼ぶことでした。大規模な広告に頼らず、コミュニティが製品を広めていったのです。2020年ごろには利用が急増し、たった一つのデータベースで動いていたシステムが限界に近づき、機能開発を止めて基盤の作り直しに集中した時期もありました。
創業者たちは長く外部からの資金調達を控え、黒字化してから調達を再開したとされます。京都で学んだ身軽さを、成長してからも保とうとしたのです。
出所:米CNBCなどの報道、同社の公表。非上場企業のため、数値は報道や会社の発表にもとづく。
出所:同社の公表・報道。非上場企業のため、概数で示している。
出所:同社の公表・報道。京都で作り直した製品が、5年で100倍に広がった。
京都で作り直してから約10年。Notionの利用者は1億人を超え、米フォーチュン500企業の半数以上が使っているとされます。2021年には評価額100億ドルで資金を調達し、2025年には社員の株式売却の際に110億ドルと評価されたと報じられました。
注目したいのは、資金の集め方です。創業期に約200万ドルを集めたあと、2人は長く外部からの調達を控え、黒字になってから調達を再開したとされます。創業者が株式の約3割を持ち続け、取締役会に投資家の代表を置いてこなかったとも伝えられています。京都で「お金が尽きる怖さ」を知った経験が、その後の経営の慎重さにつながっていると読むこともできます。
社員数は約1,000人(2025年時点、報道)。1億人が使う製品としては小さな組織です。大規模な広告に頼らず、使う人のコミュニティが製品を広める仕組みが、少人数での成長を支えています。
Notionは、ノートアプリから始まって、仕事の道具そのものへと広がってきました。2022年には予定表のアプリを買収し、のちにNotion Calendarとして公開。2023年には文章の要約や作成を手伝うNotion AIを、2024年にはページをそのままウェブサイトとして公開できる機能を加えています。
| 時期 | 広がった領域 | 意味 |
|---|---|---|
| 2016〜2018 | メモ・Wiki・データベース | 「ブロック」で自分の道具を組み立てる |
| 2021〜2022 | 予定表・業務の自動化 | チームの仕事の流れ全体へ |
| 2023〜 | AI・ウェブサイト・メール | 情報を「置く場所」から「働く場所」へ |
ばらばらの道具を行き来する不便さを解きたい、というジャオの最初の問題意識は、今も変わっていません。一つの場所で考え、書き、決め、共有する。その場所を広げ続けているのがNotionです。
Notionと日本の関係は、会社の存続がかかった京都での1年から始まりました。2021年には日本語版が公開され、日本でも個人やスタートアップを中心に利用が広がりました。日本語での使い方の共有やテンプレートの公開も盛んで、使う人が製品を広めるという成長の形は、日本でも同じように働いています。
エージェントの立場から見ると、Notionは「転職先の会社がどんな道具で働いているか」を知る手がかりにもなります。社内のWikiや議事録、採用の管理までNotionで行う会社は少なくありません。情報を公開し、文章で残す文化があるかどうか。候補者との面談で、働き方の相性を確かめる材料になります。
「Notionは、3年かけた製品を捨て、京都で1年かけて作り直したことで生まれた会社です。うまくいかなかった経験は、何を捨てて何を残すかを決める材料になります。」
前職でうまくいかなかった経験を話しにくい候補者には、「やめる判断」も立派な判断であることを伝えると、面接での語り方が変わります。何を学び、次に何を残したのかを整理しましょう。
Notionの来歴は、機能を増やすより、そぎ落とすことの難しさと価値を示す例です。プロダクトマネージャーやデザイナーを志望する候補者に、「何を作らないかをどう決めたか」を語れるよう準備してもらうと、面接での説得力が増します。
Notionは2013年、イバン・ジャオとサイモン・ラストが「誰でも自分の道具を作れるソフトウェア」をめざして創業した会社である。最初の製品は失敗し、2015年に倒産寸前となったが、2人は社員を解雇して京都へ移り、1年かけてブロックの考え方で作り直した。2016年の1.0、2018年の2.0を経て、使う人のコミュニティの力で世界に広がった。