内定承諾の連絡をもらって安心した1週間後、「やはり現職に残ります」。エージェントなら誰もが経験する、最も悔しい失注です。決定目前の案件を最後に壊すのは、企業でも競合でもなく現職の引き止め。ここへの備えは、クロージングの実務そのものです。
引き止めのセリフは情型・条件型・脅し型・先延ばし型の4パターンにほぼ収まります。内定承諾の前に候補者と一緒にこの4型を予習しておく。それだけで承諾後の翻意は目に見えて減ります。型別の対応、カウンターオファーの構造、法律の基礎を支援ツールとして整理します。
出典: 編集部の退職支援実務および一般に公知の法制度に基づく整理
引き止めが長引く最大の原因は、切り出しが「相談」になっていることです。「実は転職を考えていて…」は、上司にとって「まだ止められる」の合図。そこから待遇改善の提示、慰留面談のセッティング、時間稼ぎが始まります。正しい切り出しは「一身上の都合により、◯月末で退職いたします。本日はそのご報告です」。日付入りの決定事項として伝えること。冷たく聞こえるかもしれませんが、曖昧に伝えて何週間も引き止め交渉に付き合うほうが、双方にとってよほど不誠実です。転職先が決まってから伝える(=戻る選択肢がない状態を作る)のも、この原則の一部です。
条件型の引き止め:「昇給させる」「希望部署に異動させる」。は、最も揺れやすい罠です。受けてはいけない理由は3つ。①根本原因は消えない: 年収が理由の転職は実は少数派で、仕事内容・環境・将来性という本因は残留しても残る。②「辞めようとした人」の記録が残る: 次の昇格・重要案件の任命で、無意識のフィルターがかかる現実がある。③実行されないことがある: 口頭の昇給約束が翌期に立ち消える例は珍しくない。そもそも、辞意を示すまで出なかった条件が、その会社のあなたへの本来の評価です。もし現職に残る選択をするなら、それはカウンターオファーではなく、転職活動を始める前の交渉で勝ち取るべきものでした(年収交渉ガイド参照)。
最後に、脅し型に備える基礎知識を。①無期雇用(正社員)の退職は民法上、申入れから2週間で成立します(就業規則の「1ヶ月前」等は円満退職のためのマナーであり、退職自体を止める効力はありません)。②「損害賠償を請求する」という脅しは、通常の退職では成立しません。退職を理由とした賠償請求や、退職届の受理拒否は在職強要にあたり得ます。③有給休暇の取得は権利であり、退職時の消化を会社は原則拒めません。悪質なケース(受理拒否・脅迫・離職票を出さない等)は、労働基準監督署や弁護士への相談が正規ルートです。とはいえ実務の理想は法律を持ち出さずに済む円満退職退職日を先に確定し、引き継ぎ計画で全力の誠意を見せる。「辞め方」は候補者の業界内評判として残る最後の仕事。そこまで含めて設計するのが、決定後も伴走するエージェントの仕事です。実務としては、①内定承諾前に4型の予習と退職日の仮決めを済ませる ②切り出し当日に連絡をもらう約束をしておく ③引き止めが発生したら即日で状況を聞き、揺れの根本(本当に条件だけか)を一緒に検証する。この3点で、承諾後の翻意率は大きく変わります。転職活動の平均データ・年収交渉ガイドと併せて、クロージング実務の教科書としてお使いください。
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