最初に語られる転職理由は「言いやすい理由」であって「本当の理由」とは限りません。深掘りできないと、ズレた求人を提案し続けることになります。
「年収を上げたい」と言う候補者の奥には、「同期より評価されていない悔しさ」や「家族が増えて将来が不安」といった別の物語があることが珍しくありません。1層目(タテマエ:言いやすい理由)、2層目(キッカケ:動き出した具体的な出来事)、3層目(本音:満たされていない根本の欲求)。提案の精度は、何層目まで掴めているかで決まります。
重要なのは、1層目を「嘘」と扱わないことです。タテマエも本人にとっては事実の一部。否定せず受け止めた上で、その奥を一緒に見に行く姿勢が、3層目への扉を開きます。
深掘りに高度な質問技術は不要です。「具体的には?」(抽象を事実に落とす)、「例えば最近だと?」(直近の出来事=キッカケを特定する)、「それはいつ頃から感じていますか?」(時間軸で根の深さを測る)。この3つを、相槌と要約を挟みながら重ねるだけで、2層目までは確実に届きます。
3層目に触れるのは、信頼の残高ができてからです。「もしかすると、年収そのものより、正当に評価されていない感覚がしんどいのかなと聞こえたのですが、違いますか?」仮説を差し出して、本人に修正してもらう形なら、踏み込んでも詰問になりません。
Tool / THE PROCESS.転職理由と実績を、セットで整える実績の言語化ができると、転職理由の説得力も上がります。無料で使う →「なぜ辞めたいか(FROM)」と「何を得たいか(TO)」は別の質問です。FROMだけ聞いて提案すると「現職の不満がない会社」という消去法の転職になり、入社後に新しい不満が生まれた瞬間に後悔が始まります。FROMを聞き切った後、必ず「では、次の環境で一番得たいものは何ですか?」とTOを聞く。
FROMとTOが揃うと、求人の見せ方も変わります。FROMには「その不満がこの会社で起きにくい構造的な理由」を、TOには「得たいものがこの環境で手に入る具体的な証拠」を接続する。これが深掘りを提案につなげる型です。
| 観点 | FROM(退職理由) | TO(転職理由) |
|---|---|---|
| 質問 | 何が一番のストレスですか? | 次の環境で一番得たいものは? |
| 性質 | 消去法・回避 | 獲得・接近 |
| 提案への接続 | 不満が再発しにくい構造の説明 | 得たいものが手に入る証拠の提示 |
3層目の本音は、候補者が勇気を出して開示した情報です。扱いには2つのルールがあります。①推薦文や企業への申し送りにそのまま書かない(「評価への不満で退職」は文脈が落ちると不利に働く)。本人と「企業にはどう伝えるか」を握ってから翻訳する。②本音を人質にしない。「本当は〜なんですよね?だったらこの求人ですよ」という誘導に使った瞬間、開示してもらえる関係は終わります。
本音は提案の照準を合わせるためのものであって、説得の道具ではありません。この一線を守れるエージェントだけが、次も本音を話してもらえます。
提案の精度 = 掘れた深さ(3層) × FROM/TOの切り分け × 本音の丁寧な扱い。深掘りは技術より、否定しない姿勢で決まる。
面談で語られる転職理由の背景を、統計でも押さえておきましょう。厚生労働省の「雇用動向調査」は、転職した人が前の会社を辞めた理由を毎年集計しています。
出所:厚生労働省「令和5年雇用動向調査」。「その他の個人的理由」「定年・契約期間の満了」などを除いた主な理由。
男性でも女性でも、「職場の人間関係が好ましくなかった」が上位に入っています。ところが面談で最初に出てくる理由は、多くの場合「年収」や「キャリアアップ」です。人間関係の悩みは、1層目では語られにくい。統計で上位の理由ほど、面談では下の層に隠れていると考えて、深掘りの照準を合わせましょう。
出所:厚生労働省「令和6年雇用動向調査」。
一方で、転職して賃金が増えた人は4割にとどまります。「年収を上げたい」という1層目の理由だけで動くと、期待外れに終わる可能性も小さくありません。だからこそ、その奥にある本当の欲求を掴む必要があります。
3層目まで掘れた本音は、そのままでは企業に伝えられないことがあります。嘘をつかず、事実の語る順番を変える。これが翻訳の原則です。
| 面談で出た本音 | そのまま伝えると | 企業への伝え方(翻訳) |
|---|---|---|
| 上司と合わない | 人間関係で逃げる人に見える | チームで成果を出す進め方を大切にしたい。◯◯の経験から、率直に議論できる環境で力を発揮できると気づいた |
| 評価されていない | 不満の多い人に見える | 成果が評価に結びつく仕組みの中で、より大きな責任を担いたい |
| 残業が多すぎる | 意欲が低い人に見える | 限られた時間で成果を出す働き方を、より高い水準で実践したい。家族との時間も大切にしたい |
| 会社の将来が不安 | 後ろ向きな人に見える | 伸びている市場で、自分の経験を活かして事業の成長に関わりたい |
翻訳の前には、必ず本人の同意を取ります。「企業には、こういう言葉で伝えてもいいですか?」。本人が自分の言葉として話せる表現でなければ、面接で必ず崩れます。
深掘りのゴールは、本音を知ることではなく、本人のキャリアの軸を一緒に言葉にすることです。掘れた内容を、3つの問いで軸に変えます。
この3つがそろうと、求人を選ぶ基準がはっきりし、面接での転職理由と志望動機も自然につながります。キャリアの話で扱った「3つの円」とも重なる考え方です。
最初の転職理由はタテマエ層。「具体的には・例えば・いつから」で掘り、仮説を差し出して本音に触れる。FROMとTOを分けて聞き、本音は照準合わせにだけ使う。掘る技術より、否定しない姿勢が扉を開く。
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