この記事の要点
- 野村総合研究所(NRI)の源流は2つ。1965年に野村證券の調査部を母体に生まれた旧野村総合研究所と、1966年設立の計算センター野村コンピュータシステムである。
- 旧NRIは日本初の本格的な民間総合シンクタンク、計算センターは日本で初めて商用コンピュータのビジネス利用を実現した会社とされる。
- 1988年に両社が合併し、調査・コンサルティングとシステム開発・運用を一社で持つ会社になった。
- 2001年に東証一部上場。今も野村グループは最大の顧客で最大の株主だが、売上の大半は金融・流通などの外部の顧客から得ている。
野村総合研究所(NRI)は、シンクタンク、コンサルティングファーム、システムインテグレーターの顔を併せ持つ会社です。売上の大部分は、金融機関や流通業向けのシステムの構築・運用が占めています。
「総合研究所」という名前なのに、なぜシステムの会社なのか。答えは、野村證券から生まれた2つの会社の合併にあります。
Chapter 01|源流①証券会社の調査部から、シンクタンクへ
1965年、証券不況が国内の証券会社に大きな打撃を与えました。野村證券は経営の多角化を探り、その一環として、調査部を母体に野村総合研究所を設立します。経済や産業、企業を分析する専門の組織を、独立した会社にしたのです。
NRIは、これを日本初の本格的な民間総合シンクタンクと位置づけています。ただし、1970年ごろまでの顧客は野村證券が中心で、親会社向けの受託調査で黒字を保っていたとされます。親会社から自立した事業になるまでには時間がかかりました。
旧NRI
1965年、野村證券の調査部を母体に設立
野村コンピュータシステム
1966年、野村電子計算センターとして設立
合併
1988年、現在の野村総合研究所に
上場
2001年12月、東証一部
Chapter 02|源流②計算センターから、システムの会社へ
もう一つの源流は、1966年に設立された野村電子計算センターです。野村證券の計算業務を担うために作られ、1972年に野村コンピュータシステムに社名を変えました。NRIは、この会社を日本で初めて商用コンピュータのビジネス利用を実現した会社としています。
証券会社は、大量の取引と計算を扱う業界です。親会社の業務を支えながら磨いたシステムの力は、やがて外部の企業にも向かいます。1979年には、国内で店舗網を広げていたセブン-イレブン向けのシステムを開発したとされます。POSの導入を控え、店舗の拡大とともにシステムの構築が必要になっていた時期でした。
親会社の業務のために作った力を、外の顧客にも売れる力に変える。
グループ内の機能会社が独立企業になる典型的な道筋である。
Chapter 03|合併1988年、「考える」と「作る」が一つになる
1988年、旧野村総合研究所と野村コンピュータシステムが合併し、現在の野村総合研究所が生まれます。
この合併で、NRIはリサーチ、コンサルティング、ITソリューション、システム運用をまとめて提供できる会社になりました。未来を構想し、戦略を示し、それを動かすシステムを作って運用する。上流から下流までを一社で持つ形です。
社名は「総合研究所」のまま残りましたが、事業の中心は次第にシステムへ移っていきます。今では、売上の大部分を金融機関向けや流通業向けのシステムが占めています。
| 旧野村総合研究所 | 野村コンピュータシステム |
|---|
| 設立 | 1965年 | 1966年 |
|---|
| 母体 | 野村證券の調査部 | 野村證券の計算業務 |
|---|
| 強み | 調査・分析・提言 | システムの開発・運用 |
|---|
| 合併後の役割 | コンサルティング | ITソリューション(売上の大部分) |
|---|
Chapter 04|年表野村総合研究所の歩み
1965旧野村総合研究所を設立野村證券の調査部が母体。日本初の本格的な民間総合シンクタンク
1966野村電子計算センターを設立野村證券の計算業務を担う
1972野村コンピュータシステムに社名変更
1979セブン-イレブン向けのシステムを開発外部の顧客へ広がる
1988.012社が合併し現在のNRIに調査・コンサル・システムを一社で
2001.12東証一部に上場
2025創立60周年
Chapter 05|関係親会社から、独立する
現在、野村ホールディングスとそのグループ会社は、NRIにとって最大の顧客であり、最大の株主です。ただし、野村グループ向けの売上は全体の約1割にとどまり、保有比率も2割超で、NRIは野村の子会社ではありません。
親会社の調査部と計算部門から始まった会社が、外の顧客を中心とする独立した企業になった。この変化を知っておくと、候補者に「野村のグループ会社」と一括りにして説明する誤りを避けられます。
日本の大手シンクタンクには、同じように金融グループやグループ企業から生まれた会社が多くあります。三菱総合研究所や、日本のシンクタンクの実像もあわせて読むと、その構造が見えてきます。
Chapter 06|実務候補者に、この来歴をどう語るか
コンサル志望の候補者に
TALK SCRIPT
「NRIは『総合研究所』という名前ですが、売上の大部分はシステムの構築と運用です。コンサルタントとして入るのか、システムの仕事で入るのかで、働き方がかなり変わります。」
NRIを志望する候補者の中には、シンクタンクのイメージだけで考えている人がいます。コンサルティング部門とシステム部門の規模の違いを伝えたうえで、どちらに関心があるかを確認することが大切です。
SIer・金融系の候補者に
金融や流通のシステムに携わってきた候補者には、上流の構想から運用まで一社で持つ会社として紹介できます。「考える」側と「作る」側が同じ社内にいることが、この会社の成り立ちからくる特徴です。
KEY POINTS
この記事のポイント
1源流2つの会社1965年に野村證券の調査部から生まれたシンクタンクと、1966年設立の計算センターが源流である。
2合併考えると作るを一社に1988年の合併で、調査・コンサルからシステム開発・運用までを一社で持つ会社になった。
3現在地親会社からの独立野村グループは最大の顧客・株主だが売上の約1割にとどまり、外部の顧客を中心とする独立企業になった。
よくある質問
Aシンクタンク、コンサルティング、システムインテグレーションを手がける会社です。売上の大部分は、金融機関や流通業向けのシステムの構築・運用が占めています。
Qなぜシンクタンクなのにシステムの会社なのですか?
A1965年設立のシンクタンク(旧野村総合研究所)と、1966年設立の計算センター(野村コンピュータシステム)が、1988年に合併して現在の会社になったためです。
Aいいえ。野村ホールディングスとそのグループ会社は最大の顧客で最大の株主ですが、保有比率は2割超で、子会社ではありません。野村グループ向けの売上は全体の約1割です。
A2001年12月に東証一部に上場しました。現在はプライム市場に属しています。
A金融や流通のシステムに関わってきた人や、構想から運用まで一貫して関わりたいコンサル・SIer志望者に向いています。
まとめ
野村総合研究所は、1965年に野村證券の調査部から生まれた日本初の本格的な民間総合シンクタンクと、1966年設立の計算センターが、1988年に合併してできた会社である。調査・コンサルからシステム開発・運用までを一社で持ち、今では売上の大部分をシステム事業が占める。親会社の機能会社から、外部の顧客を中心とする独立企業へと変わってきた。
この記事の情報源
- 野村総合研究所「IRよくあるご質問」「NRIのあゆみ」「沿革」
- 野村総合研究所 有価証券報告書(沿革)
- 沿革をまとめた公開データベース・事典(The社史、コトバンクほか)
確かめられていないこと創業当時の社内の詳しい経緯や、公表されていない数値については、一次資料で裏づけられないため記載していません。本文中の「〜と語られる」「〜とされる」という表現は、関係者の証言や報道にもとづくもので、公式に確認されたものではありません。
本記事は編集部の支援実務の経験に基づく見解です。個別の状況により最適な進め方は異なります。
THE
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執筆・編集: THE AGENT 編集部
運営:
株式会社Sync Ascent(事業立ち上げ・採用コンサルティング)。数千名規模のキャリア支援と人材紹介事業立ち上げの実務経験に基づき、現場で使える情報だけをお届けします。|最終更新: 2026.09.25
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