エスプールは、障がい者の雇用支援、コールセンターなどへの人材派遣、企業の業務のアウトソーシングを手がける会社です。特に、障がい者が農園で働く形の雇用支援で知られています。
若者の就労支援から始まり、一度は債務超過に陥りながら、「働きたいのに働けない人」を支える事業で立て直した来歴を追います。
浦上壮平氏は1966年、神戸市に生まれ、千葉県野田市で育ちました。芝浦工業大学の工業化学科に在学中からイベントサークルを立ち上げ、卒業後は友人と会社を作るなど、起業を重ねてきた人です。1995年からは家庭教師の派遣センターの取締役を務めていました。
1990年代後半、バブル崩壊後の景気低迷で就職難が続き、「大卒フリーター」が社会問題になっていました。大学を出ても正社員の仕事に就けない若者が増えていたのです。
家庭教師センターで若者と接していた浦上氏は、就職難に悩む彼らを目の当たりにし、その課題を解くために1999年12月、エスプールを設立します。入り口は、今でいうインターンシップのような事業でした。
特徴は、若者にトレーニングを施したうえで、チームで企業に派遣し、明確な成果を出すという形でした。一人ずつ送るのではなく、チームで成果を約束する。他の人材会社と違うこのモデルは、創業時から注目を集めます。2年目で黒字化し、ベンチャーキャピタルからの資金調達も進みました。
2006年、エスプールは大阪証券取引所のヘラクレス市場に上場します。順調に見えた成長は、2008年のリーマン・ショックで一変しました。企業の人材需要が急減し、2010年には債務超過に陥ります。
浦上氏は、二度と同じ失敗は繰り返さないと心に決め、社内で事業の構造を変えるための議論を徹底的に重ねました。その頃から「社会の役に立とう」「困った人を助けよう」という言葉が、社内のキーワードになっていったといいます。
立て直しの軸に据えたのが、ソーシャルビジネスです。同社は「アウトソーシングの力で企業変革を支援し、社会課題を解決する」をミッションに掲げ、社会人経験の少ない若者、障がい者、ひとり親、シニアなど、仕事をしたいのにできない人の支援をライフワークにすると決めました。
その代表が、2010年から手がける障がい者雇用支援です。企業には、従業員数に応じて一定割合の障がい者を雇う義務(法定雇用率)があります。しかし、多くの企業は障がい者が活躍できる仕事や職場を用意できずに悩んでいます。
エスプールは、障がい者が野菜を育てる農園「わーくはぴねす農園」を用意し、企業に貸し出します。障がい者は参画する企業に雇用され、農園で働きます。企業は雇用を実現でき、障がい者は働く場を得る。農園は全国60か所以上に広がりました。
| 企業 | 障がい者 | エスプール | |
|---|---|---|---|
| 得るもの | 法定雇用率の達成と、定着する雇用 | 働く場と収入 | 農園の利用料・サポートの対価 |
| 課題 | 活躍できる仕事を用意できない | 働ける場所が限られる | 農園の運営と定着の支援 |
現在のエスプールは、障がい者雇用支援に加えて、コールセンターなどへの人材派遣や、企業の業務を請け負うBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)も手がけています。シニアの顧問派遣や、主婦の力を活かした店舗の販促支援など、潜在的な労働力に目を向けた事業も展開してきました。
法定雇用率は段階的に引き上げられており、障がい者雇用の需要は景気の波とは別の理由で続きます。リーマン・ショックの反省から、制度に支えられた需要を持つ事業を育てたことが、今の同社の土台です。
「エスプールは、債務超過を経験したあとに、障がい者雇用など『働きたいのに働けない人』を支える事業で立て直した会社です。社会課題と事業の両立を、現場で経験できます。」
「社会の役に立つ仕事がしたい」という候補者には、社会課題を事業として回すことの難しさと面白さを伝えられる例です。理念だけでなく、収益の仕組みまで説明すると、志望動機が具体的になります。
障がい者雇用、シニア、ひとり親。人材業界では、まだ十分に活かされていない働き手がいます。求人に合う人を探すだけでなく、働き方を設計することで人と仕事をつなぐ。エスプールの来歴は、その発想の例になります。
エスプールは1999年、大卒フリーターの就労支援を目的に浦上壮平氏が設立した会社である。若者をチームで派遣するモデルで上場したが、リーマン・ショックで債務超過に陥り、景気に左右されにくいソーシャルビジネスへ転換した。障がい者が働く「わーくはぴねす農園」を全国に広げ、「働きたいのに働けない人」を支える事業を軸にしている。