パーソルの原点は、「既婚女性が事務職にすら就けない」という1970年代の日本への異議申し立てでした。人材派遣という業態も、それを認める法律も存在しない時代に、一人の女性が自宅の一室から始めた事業が、今日の総合人材サービスグループになります。
※本記事は当該企業の公式サイト(沿革・創業ストーリー)、有価証券報告書、Wikipedia日本語版・英語版、経営者インタビュー記事等の公開情報をもとに編集部が構成しました(2026年9月時点)。年次は資料により差異がある項目があり、複数の出典で確認できた年を採用しています。
篠原欣子は1934年生まれ。20代でオーストラリアに渡り、秘書として働きました。帰国した彼女が直面したのは、既婚女性が定型の事務職にすら就けないという日本の労働市場でした。
海外では当たり前だった「必要なときに、必要なスキルを持つ人が働く」という形が、日本には存在しない。そこに事業の余地を見出したのが、創業の出発点です。
1973年5月、東京都目黒区。資本金70万円でテンプスタッフ株式会社が設立されました。
当時の日本には女性の事務派遣という業態自体が存在せず、職業安定法の解釈もあって人材派遣は法的にグレーゾーンに置かれていました。労働者派遣法が成立するのは1985年、創業から12年後のことです。
篠原は自宅の一室で電話番をしながら登録スタッフを集め、企業に対しては「派遣」ではなく事務処理請負という体裁で取引を始めました。自分の人脈を使って一件ずつ案件を取り、労働需要を掘り起こしていく。そうして組み立てられたのが、今日の人材派遣という仕組みの原型でした。
テンプスタッフを設立
篠原欣子が東京都目黒区の自宅の一室で創業しました。資本金は70万円です。
労働者派遣法が成立
創業から12年を経て、人材派遣が法的に位置づけられました。
企業理念を発表
「雇用の創造 人々の成長 社会貢献」を掲げました。
テンプホールディングスを設立
テンプスタッフとピープルスタッフの経営統合により、共同持株会社が発足しました。
インテリジェンスをグループ化
転職サービスdodaを擁する同社の買収で、派遣から転職領域へ本格参入しました。
グループ名称「PERSOL」が発足
「テンプ」に替わる新しいグループ名称として誕生しました。
パーソルホールディングスへ商号変更
主要グループ会社もパーソルテンプスタッフ、パーソルキャリアへと名称を改めました。
パーソルグループの主な沿革
2008年10月、テンプスタッフとピープルスタッフが経営統合し、共同持株会社テンプホールディングスが設立されます。そして経営の転機となったのが2013年のインテリジェンス買収でした。
インテリジェンスは転職サービス「DODA(現doda)」を擁する企業で、この買収により同グループは派遣中心の会社から、派遣・転職・BPO・ITまでを持つ総合人材サービスへと変わります。当時の報道は、この大型M&Aを「業界の王者リクルートを追う一手」と評しました。
2016年7月にグループ名称「PERSOL(パーソル)」が発足。2017年7月、テンプホールディングスはパーソルホールディングスへ商号を変更し、テンプスタッフはパーソルテンプスタッフ、インテリジェンスはパーソルキャリアとなりました。
Founder's Words
「雇用の創造 人々の成長 社会貢献」
1996年に発表された企業理念です。人材サービスを「仕事を紹介する業」ではなく「雇用そのものを創る業」と定義したこの言葉が、法律のない時代に事業を始めた創業者の立場を端的に表しています。
パーソルの創業は、人材サービスが「制度より先に、必要から生まれる」ことを示す事例です。法律がない時代に、働きたい人と人手が必要な企業をつなぐ形を作った。その実践が積み重なって、後から制度が追いついてきました。
候補者にこのグループを語るとき、「派遣の会社」という理解では足りません。既婚女性が働けない社会を変えるために始まった会社であり、その延長線上に今日の「はたらいて、笑おう。」というグループビジョンがある。この文脈は、志望動機の解像度を大きく変えます。同社の現況はパーソルキャリアの企業ページをご覧ください。
パーソルの原点は1973年、篠原欣子が自宅の一室に資本金70万円で設立したテンプスタッフにある。人材派遣が法的にグレーだった時代に、既婚女性が働けない社会を変えるために始まった事業だった。ピープルスタッフとの統合、インテリジェンス買収を経て総合人材サービスとなり、2017年にパーソルへ名を改めている。
記事の内容を前提にして、あなたの状況に合わせた答えをAIに出させます。質問を入れて「ChatGPTで相談」または「Claudeで相談」を押すと、記事の要点と質問がセットになった状態で開きます。