1998年3月18日、24歳の藤田晋がサイバーエージェントを創業しました。掲げたビジョンは「21世紀を代表する会社を創る」。創業2年で史上最年少上場を果たした直後にネットバブルが崩壊し、株価は暴落。そこからの再起の物語が、今日の同社を形づくっています。
※本記事は当該企業の公式サイト(沿革・創業ストーリー)、有価証券報告書、Wikipedia日本語版・英語版、経営者インタビュー記事等の公開情報をもとに編集部が構成しました(2026年9月時点)。年次は資料により差異がある項目があり、複数の出典で確認できた年を採用しています。
藤田晋は1973年、福井県生まれ。1997年に青山学院大学経営学部を卒業し、人材サービス企業のインテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社します。営業として働きながら独立を志し、翌年には会社を辞めていました。
1998年3月18日。後に「サイバーの日」と呼ばれるこの日、24歳の藤田は株式会社サイバーエージェントを設立します。最初の事業はインターネット広告の代理業。当時のインターネット広告市場はまだ小さく、営業力で顧客を開拓していく地道な立ち上げでした。
創業時から掲げたビジョンが「21世紀を代表する会社を創る」。24歳の起業家が掲げるには大きすぎる言葉ですが、これは今日まで一度も変わっていません。
2000年、藤田は26歳で東証マザーズへの上場を果たします。当時の史上最年少社長としてメディアの注目を集めました。
しかしその直後、ネットバブルが崩壊します。ネット企業の株価は軒並み暴落し、同社も例外ではありませんでした。「上場ゴール」という言葉が揶揄として使われる時代に、上場後こそが本当の勝負であることを、同社は身をもって経験することになります。
この時期の経験が、後の経営姿勢を決めました。短期の株価や単年の利益ではなく、長期で事業を育てるという判断軸です。
東証マザーズに上場
26歳で当時の史上最年少社長として上場を果たしましたが、直後にネットバブルが崩壊しました。
Amebaブログのサービスを開始
メディア事業への長期投資が始まり、後の収益の柱となります。
ソーシャルゲーム事業が伸長
スマートフォンの普及に合わせてゲーム事業を拡大しました。
AbemaTVを設立
テレビ朝日との共同出資で、インターネットテレビという新市場に挑みました。
AI事業本部などへ投資を拡大
広告・ゲーム・メディアの三本柱に加え、技術投資を強めています。
従業員8,150人規模に
20〜30代が全体の約75%を占める組織へ成長しました(2025年9月末時点・連結)。
サイバーエージェントの主な沿革
2004年に始まったAmebaブログは、長く先行投資の続く事業でした。広告事業で稼いだ利益をメディアに投じ続ける判断は、当時から社内外で議論を呼びます。しかし結果として、同社は広告代理店から「メディアを持つ会社」へと姿を変えました。
2015年にはテレビ朝日との共同出資でAbemaTV(現ABEMA)を設立。インターネットテレビという未開拓の市場に、数百億円規模の投資を続けました。単年の利益を犠牲にしてでも新しい事業を育てる。これが「21世紀を代表する会社を創る」というビジョンの実践です。
Founder's Words
「21世紀を代表する会社を創る」
1998年の創業時から一度も変えていないビジョンです。24歳の起業家が掲げるには大きすぎる言葉でしたが、AmebaやABEMAへの長期投資は、この一文を判断基準にした結果として説明できます。
候補者にサイバーエージェントを語るとき、「ネット広告とゲームの会社」という説明では足りません。この会社の本質は「若手に賭ける」文化にあり、それは24歳で創業した経営者自身の原体験に根ざしています。
「挑戦した敗者にはセカンドチャンスを」「年功序列は禁止」といった同社の言葉は、標語ではなく人員構成に表れています。20〜30代が全体の約75%、平均年齢34.6歳(2025年9月末時点)。若手の抜擢が制度ではなく実態であることを、数字で示せる会社です。詳細はサイバーエージェントの企業ページをご覧ください。
サイバーエージェントは1998年、人材会社を辞めた24歳の藤田晋が「21世紀を代表する会社を創る」と掲げて創業した。2000年に史上最年少で上場した直後のネットバブル崩壊を経験し、そこから短期の利益ではなく長期の事業創造を選ぶ経営姿勢が生まれた。AmebaとABEMAへの投資は、そのビジョンの実践である。
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