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Founding Story

楽天の​創業​ストーリー創業者​・​三木谷浩史、​震災が​変えた銀行員の​人生、​13​店舗から始まった経済圏

創業ストーリー 2026.09.07
この記事の要点

楽天の始まりは、1995年1月17日の阪神・淡路大震災でした。故郷の神戸が瓦礫と化し、敬愛する叔父叔母を失った一人の銀行員が、エリートコースを捨てて起業を決意します。2年後に開いたインターネットショッピングモールの出店数は、わずか13店舗でした。

※本記事は当該企業の公式サイト(沿革・創業ストーリー)、有価証券報告書、Wikipedia日本語版・英語版、経営者インタビュー記事等の公開情報をもとに編集部が構成しました(2026年9月時点)。年次は資料により差異がある項目があり、複数の出典で確認できた年を採用しています。

  • 転機は阪神・淡路大震災。日本興業銀行のエリート行員だった三木谷浩史が、人生観を変えて退職した。
  • 1997年2月7日、株式会社エム・ディー・エムを設立。同年5月1日、楽天市場は13店舗・社員6人で開業した。
  • 勝因は月額5万円という価格と、誰でも使える編集ツール。百貨店系モールが月100万円単位を取る時代に、個人商店や農家・蔵元を取り込んだ。
Founded1997年
Founder三木谷浩史
Categoryインターネット・EC
この記事は創業ストーリーのシリーズです。

Chapter 011995年1月17日、神戸

三木谷浩史は1965年、神戸市生まれ。1988年に一橋大学商学部を卒業して日本興業銀行に入行し、1993年にはハーバード大学でMBAを取得しました。まさにエリートコースです。

その人生を変えたのが1995年1月17日の阪神・淡路大震災でした。故郷の神戸が瓦礫の山と化し、敬愛していた叔父と叔母を失います。「人生は一度きりだ」。彼はまもなく起業を決意しました。

1995年11月に興銀を退職し、コンサルティング会社クリムゾングループを設立。慶應大学院を出たばかりの本城愼之介と2人だけの起業でした。周囲は驚きましたが、本人の説明は簡潔だったと伝えられます。「日本を元気にしたいからだ」。

Chapter 02100を​超えるアイデアから、​選んだ一つ

当初検討していた事業はインターネットに限りませんでした。地ビールの小規模醸造所の全国展開、アメリカの天然酵母ベーカリーのフランチャイズ、コンタクトレンズの並行輸入100を超えるアイデアがあったといいます。

そこから選ばれたのが、インターネットのショッピングモールでした。基準は3つ。元手が掛からず、将来性があり、社会に新しい価値を生み出せること。

1997年2月7日、東京都港区に資本金1,000万円で株式会社エム・ディー・エムを設立。そして同年5月1日、楽天市場が出店わずか13店舗で開業します。社員は三木谷を入れて6人でした。

1995.01

阪神・淡路大震災

故郷の神戸が被災し、叔父と叔母を失ったことが起業を決意する転機となりました。

1995.11

日本興業銀行を退職

コンサルティング会社クリムゾングループを2人で設立しました。

1997.02

エム・ディー・エムを設立

東京都港区に資本金1,000万円で設立し、仮想商店街の構築に着手しました。

1997.05

楽天市場が開業

出店はわずか13店舗、社員は6人。初月の売上は数万円程度でした。

1999

楽天株式会社へ商号変更

出店数は1,800店規模まで拡大しました。

2000

株式を店頭公開

495億円を調達し、同年インフォシークを買収して総合メディア企業化へ動きます。

2004

東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生

プロ野球に50年ぶりの新規球団として参入しました。

2018

携帯キャリア事業へ参入

楽天モバイルとして通信事業に本格参入し、経済圏を拡大しています。

楽天の主な沿革

Chapter 03月5万円という発明

当時、百貨店系のバーチャルモールは月100万円単位の出店料を取っていました。対して楽天が提示したのは月額5万円の固定料金です。

さらに、複雑なプログラミングを必要としない編集ツール(RMS)を提供しました。この2つによって、個人商店主や農家、蔵元までがインターネットに店を出せるようになります。「大企業ではなく中小企業や個人が新しい社会をつくる」という三木谷の信念が、そのまま価格設計になっていました。

初年度の出店開拓は、営業メンバーが商店街を一軒ずつ訪ね歩く地上戦です。1998年末に約320店、1999年末に約1,800店、2000年末には約4,800店へ。初月の売上は数万円だった事業が、今日の巨大な経済圏へと育っていきました。

Founder's Words

「僕は日本を元気にしたいからだ」

三木谷浩史

日本興業銀行を辞めた理由を問われたときの答えとして伝えられている言葉です。大企業ではなく中小企業や個人が新しい社会をつくるという信念が、月5万円という出店料の設計に直結しています。

Chapter 04エージェントがこの​物語から読み取るべきこと

楽天の創業は、「誰のための事業か」が価格と設計に表れることを示しています。月5万円という数字は単なる安売りではなく、届けたい相手を決めた結果でした。

候補者に楽天を語るとき、EC・金融・モバイルという事業の広さだけでなく、震災を機に「日本を元気にしたい」と考えた創業者の動機と、それが13店舗からの地上戦につながった事実を伝えられると、企業理解の深さが変わります。

KEY POINTS
この記事のポイント
11995年1月17日、神戸三木谷浩史 は1965年、神戸市生まれ。単価や手数料の設計も同じ構造です。安くするのではなく、何を含めて何を外すかを決めることが、支援の形を決めます。
2100を超えるアイデアから、選んだ一つ当初検討していた事業はインターネットに限りませんでした。担当する領域は、規模ではなく困っている度合いで選ぶと、同じ労力で結果が変わります。
3月5万円という発明当時、百貨店系のバーチャルモールは 月100万円単位の出店料 を取っていました。新しい手法は、使えるようにして初めて価値になります。試した結果を型にして共有するところまでが仕事です。

よくある質問

Q
楽天の創業はいつですか?
A
1997年2月7日に株式会社エム・ディー・エム(現楽天グループ)が設立され、同年5月1日に楽天市場が開業しました。開業時の出店は13店舗、社員は6人でした。
Q
三木谷浩史が起業したきっかけは?
A
1995年1月の阪神・淡路大震災です。故郷の神戸が被災し、敬愛していた叔父と叔母を失ったことで人生観が変わり、日本興業銀行を退職して起業を決意しました。
Q
なぜ月5万円という料金設定だったのですか?
A
百貨店系モールが月100万円単位の出店料を取る時代に、個人商店や農家・蔵元にもインターネットで商売してほしいという考えからです。この設計が出店数の急拡大につながりました。
まとめ

楽天は、阪神・淡路大震災で親族を失った銀行員が人生を見直し、1997年に6人で始めた会社である。楽天市場の開業時の出店はわずか13店舗、初月の売上は数万円だった。月5万円という価格と誰でも使える編集ツールで個人商店を取り込む設計が、今日の経済圏の出発点になっている。

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この記事の情報源

  • 企業の公式サイト(沿革、会社概要、代表メッセージ)
  • 創業者・経営者が登場した公開インタビューおよび寄稿
  • 新聞・経済メディアの報道
確かめられていないこと創業当時の社内の詳しい経緯や、公表されていない数値については、一次資料で裏づけられないため記載していません。本文中の「〜と語られる」「〜とされる」という表現は、関係者の証言や報道にもとづくもので、公式に確認されたものではありません。
記事中の数値は、各時点で公表されていたものです。最新の状況は各社の開示をご確認ください。本サイトの方針は免責事項およびポリシーに記載しています。
本記事は編集部の支援実務の経験に基づく見解です。個別の状況により最適な進め方は異なります。
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執筆・編集: THE AGENT 編集部
運営: 株式会社Sync Ascent(事業立ち上げ・採用コンサルティング)。数千名規模のキャリア支援と人材紹介事業立ち上げの実務経験に基づき、現場で使える情報だけをお届けします。|最終更新: 2026.09.05
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