この記事の要点
- WDBの前身は1985年、中野敏光氏が姫路で創業したワークデーターバンク。社員4人、姫路で初めての事務処理サービス会社だった。
- 創業翌年から事務職の派遣を始めたが、1996年に研究職の派遣が法律で認められると、先駆者として市場を開いた。
- 1999年頃から研究職派遣に注力して急成長し、理学系研究職派遣で働く人の3人に1人がWDBグループから就業するまでになった。
- 研究職派遣の顧客基盤をもとに、医薬品の開発業務を代行するCRO事業にも広げている。
WDBは、化学・生物・医薬などの研究職を、大学や研究機関、製薬・食品メーカーの研究所に派遣する会社です。理学系の研究職派遣では国内最大手とされます。
地方都市の小さな事務処理会社が、なぜ「研究職」という専門領域で最大手になれたのか。規制が変わる瞬間に先回りした来歴を追います。
Chapter 01|創業姫路で初めての、事務処理サービス
中野敏光氏は1956年、兵庫県の現たつの市に生まれました。3人兄弟の次男で、兄弟の中でも一番やんちゃだったといいます。定時制高校を中退し、日本生命やアリコジャパンで保険の仕事を経験します。
1985年7月、29歳の誕生日を目前に、中野氏は姫路でワークデーターバンクを創業します。創業メンバーは中野氏とその身内、友人の4人でした。社名には「働く人と仕事がたくさん集まるところ」という意味を込めています。
事務処理の代行を選んだのは、参入障壁の低さに加えて、「姫路で初めて」だったからだといいます。人の一歩先を行こうとする姿勢は、のちの研究職派遣への参入にもつながります。
生年
1956年(兵庫県)
経歴
日本生命、アリコジャパン
創業
1985年、姫路で社員4人
学び直し
2011年に関西学院大学大学院でMBAを取得
Chapter 02|転機1996年、研究職の派遣が認められる
創業翌年の1986年、労働者派遣法の施行とともに、同社は事務職の派遣を始めました。1991年には人材紹介にも進出しています。
転機は1996年でした。派遣が認められる職種が広がり、研究職の派遣が法律で認められたのです。WDBはここに先駆者として乗り込み、市場を開拓していきました。1999年頃から研究職の派遣に本格的に注力し、会社は右肩上がりに成長します。
規制が変わる瞬間は、新しい市場が生まれる瞬間でもある。
先に動いた会社が、その市場の形を決める。
研究職は、大学で化学や生物を学んだ人が、その専門を活かせる仕事です。一方で、正社員の研究職の採用枠は限られています。派遣という形は、専門を活かしたい人と、研究の人手が必要な現場を結ぶ手段になりました。
Chapter 03|年表WDBの歩み
1985.07ワークデーターバンクを姫路で創業中野敏光氏ら4人。姫路初の事務処理サービス会社
1986事務職の派遣を開始労働者派遣法の施行
1991人材紹介に進出
1996研究職の派遣が法律で認められる先駆者として市場を開拓
1999頃研究職の派遣に注力右肩上がりの成長へ
2002社名をWDBに変更
2006ジャスダックに上場
2008東証二部に上場
その後持株会社体制へ移行し、CROの会社を取得医薬品の開発業務の代行へ
現在人材サービス・CRO・プラットフォームの各事業
Chapter 04|構造「3人に1人」の市場を持つ
同社によると、理学系の研究職派遣で働く人の3人に1人が、WDBグループから就業しています。取引先は約1,600法人で、国立大学や独立行政法人などの公的研究機関から、大手の医薬品・食品メーカーまで幅広いといいます。
研究職派遣は、事務職派遣と比べて専門性が高い分、単価も高くなります。ただし、送り出すスタッフに一定の知識や実験の経験が求められるため、人材を集めること自体が難しい。その分、先に登録者と顧客の両方を押さえた会社が強くなります。
| 事務職派遣 | 研究職派遣(WDBの主力) |
|---|
| 求められる人材 | 事務・PCスキル | 化学・生物・医薬などの専門知識と実験経験 |
|---|
| 主な派遣先 | 一般企業のオフィス | 大学・公的研究機関・メーカーの研究所 |
|---|
| 参入のしやすさ | 比較的しやすい | 人材を集めること自体が難しい |
|---|
Chapter 05|展開研究の現場から、医薬品の開発へ
研究職派遣で製薬会社などとの取引を重ねるなかで、同社はCRO(医薬品開発業務受託機関)の事業に広がりました。医薬品の基礎研究の実験や、臨床試験以降の開発業務を、製薬会社に代わって担う事業です。CROの子会社は、東証グロース市場に上場しています。
人を送る事業から、業務そのものを請け負う事業へ。研究の現場で培った人材と顧客の関係が、次の事業の土台になりました。
人を送る会社が、業務そのものを請け負う会社になる。顧客との関係の深さが、その移行を可能にする。人材サービスの広がり方
Chapter 06|実務候補者に、この来歴をどう語るか
理系の学生・第二新卒に
TALK SCRIPT
「研究職の正社員採用は枠が限られますが、WDBのような研究職派遣なら、大学やメーカーの研究所で専門を活かしながら実務経験を積めます。まず現場に入るという選択肢もあります。」
化学や生物を学んだが研究職の正社員採用に届かなかった候補者には、専門を活かして現場経験を積む入口として説明できます。
確認しておきたいこと
- 雇用形態:登録型の派遣か、無期雇用の派遣か。
- 派遣先の種類:大学・公的研究機関か、メーカーの研究所か。求められる経験も働き方も違う。
- その先の道:派遣先での直接雇用や、CROなど関連分野への転身の可能性。
KEY POINTS
この記事のポイント
1創業姫路の4人から1985年、中野敏光氏が姫路で初めての事務処理サービス会社を4人で創業した。
2転機規制緩和に先回りする1996年に研究職の派遣が認められると先駆者として市場を開き、理学系研究職派遣の3人に1人を占めるまでになった。
3展開人を送る会社から、業務を請け負う会社へ研究職派遣の顧客基盤をもとに、医薬品の開発業務を代行するCRO事業に広げた。
よくある質問
A化学・生物・医薬などの研究職を、大学や研究機関、製薬・食品メーカーの研究所に派遣する会社で、理学系の研究職派遣では国内最大手とされます。医薬品開発の業務代行(CRO)も手がけています。
A中野敏光氏です。日本生命やアリコジャパンを経て、1985年に姫路でワークデーターバンク(現WDB)を4人で創業しました。
A1996年に研究職の派遣が法律で認められた際、先駆者として市場を開拓し、登録者と顧客の両方を早く押さえたためです。
A2006年にジャスダックに上場し、2008年に東証二部に上場しました。
A化学や生物などの専門を活かして、大学やメーカーの研究所で実務経験を積みたい理系の候補者に向いています。
まとめ
WDBは1985年、中野敏光氏が姫路で4人で創業した事務処理サービス会社を前身とする。1996年に研究職の派遣が法律で認められると先駆者として市場を開拓し、理学系研究職派遣の最大手になった。研究の現場で築いた顧客基盤をもとに、医薬品の開発業務を代行するCRO事業にも広がっている。
この記事の情報源
- WDBホールディングス「WDBグループの歩み」「沿革」「役員紹介」
- 同社の有価証券報告書・公開資料
- 創業者・中野敏光氏に関する公開情報
確かめられていないこと創業当時の社内の詳しい経緯や、公表されていない数値については、一次資料で裏づけられないため記載していません。本文中の「〜と語られる」「〜とされる」という表現は、関係者の証言や報道にもとづくもので、公式に確認されたものではありません。
本記事は編集部の支援実務の経験に基づく見解です。個別の状況により最適な進め方は異なります。
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執筆・編集: THE AGENT 編集部
運営:
株式会社Sync Ascent(事業立ち上げ・採用コンサルティング)。数千名規模のキャリア支援と人材紹介事業立ち上げの実務経験に基づき、現場で使える情報だけをお届けします。|最終更新: 2026.09.25
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