テンプスタッフ(現パーソルテンプスタッフ)は、日本の人材派遣の草分けの一つです。創業者の篠原欣子氏は、米フォーチュン誌の「世界最強の女性経営者」に12年連続で選ばれました。
この会社の出発点にあるのは、「女性が働き続けられない」という社会の構造でした。一人の女性が海外で見た仕組みを日本に持ち帰り、制度が整う前から事業を始めた来歴を追います。
篠原欣子氏は1934年、神奈川県に生まれました。1953年に高校を卒業して三菱重工業に入り、その後は別の会社でも事務職として働きます。
英語が好きだった篠原氏は、職場の近くの英会話教室に通ううちに、どうしても海外で学びたくなりました。30代でスイスとイギリスに留学します。日本人がほとんどいない海外での暮らしは、怖くて寂しく、不安だったといいます。それでも「何かをつかまなければ」と夢中で過ごしました。
一度帰国したのち、さらに英語力を高めるために、単身でオーストラリアへ渡ります。
オーストラリアで篠原氏は、現地のマーケティング会社に社長秘書として入社します。そこで知ったのが、人材派遣という仕組みでした。
必要なときに、必要なスキルを持った人が、期間を区切って企業で働く。働く人は自分の都合に合わせて仕事を選べる。当時の日本にはなかったこの仕組みに、篠原氏は強く感銘を受けたといいます。
一方、日本では、女性が結婚や出産を機に仕事を辞めるのが当たり前とされていました。事務の経験を持つ女性が、働き続けたくても働く場所がない。オーストラリアで見た仕組みは、その問題への答えに見えました。
1973年、帰国した篠原氏は38歳でテンプスタッフ株式会社を設立します。ワンルームの小さな事務所からの出発でした。自ら電話番をしながら登録スタッフを集め、人脈を頼りに企業から仕事を取っていきました。
注意したいのは、当時の日本には労働者派遣法がなかったことです。派遣法の施行は1986年。それまでの人材派遣は、法的にはグレーな位置にありました。テンプスタッフは、企業とは「事務処理の請負」という形で取引を始めたとされています。
1986年、派遣法の施行にあわせて同社は一般労働者派遣事業の許可を取り、専門的な職種の派遣も本格的に始めました。事業が13年先に走り、制度が後から追いついたことになります。同じく派遣法より前に事業を始めた会社には、マンパワーやパソナがあります。
同社の広がり方で特徴的なのが、地域の有力企業と組むやり方です。1988年には、宮城県の総合商社カメイとの合弁で、東北を担う会社を設立しました。地域の顧客と人脈を持つ企業と組むことで、全国に拠点を広げていきます。
また、高齢者の就業支援の事業を分社化するなど、働きたい人が働ける場所を広げる方向で事業を増やしていきました。女性の再就職支援、保育など、創業の動機につながる領域にも力を入れています。
2006年、テンプスタッフは東証一部に上場します。そして2008年、名古屋を地盤とするピープルスタッフと経営統合し、共同持株会社テンプホールディングスを設立しました。
その後、同社は転職サービス「doda」を運営していたインテリジェンスを買収し、2013年に完了します。派遣中心の会社が、転職・人材紹介の大手を傘下に入れたことで、グループは総合人材サービスの形になりました。
2017年、グループは「パーソル」に社名を統一し、テンプホールディングスはパーソルホールディングスに、テンプスタッフはパーソルテンプスタッフになりました。詳しくはパーソルの創業ストーリーとインテリジェンスの創業ストーリーをあわせて読んでください。
| テンプスタッフ | パソナ | スタッフサービス | |
|---|---|---|---|
| 創業 | 1973年 | 1976年 | 1981年 |
| 創業者 | 篠原欣子 | 南部靖之 | 岡野保次郎 |
| 原点 | 海外で見た仕組みと、女性の就業 | 主婦の再就職支援 | 後発からの営業組織の作り込み |
| 現在 | パーソルグループの中核 | パソナグループ | リクルートグループ |
同じ時期に生まれた派遣会社でも、原点はそれぞれ違います。パソナ、スタッフサービスの創業ストーリーもあわせて読むと、日本の派遣業界の成り立ちが見えてきます。
「テンプスタッフは、女性が働き続けられない社会を変えるために、海外で見た仕組みを持ち帰った会社です。人材サービスは、社会の構造に対する答えとして生まれることがあります。」
人材業界を「売上の大きい業界」としてだけ見ている候補者には、社会の課題から事業が生まれた例として紹介すると、志望動機が深まります。
出産や介護で仕事を離れていた候補者にとって、派遣は働き方を選びながら復帰する入口になります。紹介予定派遣や、研修・資格支援の有無もあわせて確認すると、次の一歩を描きやすくなります。
テンプスタッフは1973年、オーストラリアで人材派遣の仕組みに出会った篠原欣子氏が、女性が働き続けられる場所を作るために38歳で設立した会社である。派遣法より13年早く事業を始め、2006年に上場、2008年のピープルスタッフとの統合とインテリジェンスの買収を経て、現在のパーソルグループの起点となった。