阿部義之(あべ・よしゆき)はベイカレントの代表取締役会長兼社長。
阿部義之氏は、総合コンサルティングファームベイカレントの代表取締役会長兼社長です。野村総合研究所で技術者としてキャリアを始め、2008年にベイカレントへ。上場直後の業績悪化のさなか、2016年12月に社長を引き継ぎ、売上を8倍超に伸ばしました。
危機のさなかに経営を引き継ぎ、語らずに数字で示してきた経営者。
阿部義之氏(あべ・よしゆき)は1966年4月4日生まれ、神奈川県出身。株式会社ベイカレントの代表取締役会長兼社長です。経歴は次のとおりです(同社の開示資料と報道にもとづく)。
1989年に電気通信大学の電気通信学部を卒業し、野村総合研究所に入社しました。日本を代表するシンクタンク兼システムインテグレーターで、阿部氏はここで13年あまり、ITの現場でキャリアを積みます。
2002年にエックスエヌへ移り、2006年にはユニバーサルシステムエンジニアリング(現インフォメーションサービスフォース)に入社して、同じ年の12月に代表取締役に就きました。技術者としての経験に、会社を率いる経験が加わったことになります。
2008年9月、ベイカレント・コンサルティングに入社し、2か月後の11月に執行役員になりました。2015年には取締役としてコンサルティング&IT事業本部長を務めています。ベイカレントの強みである「ITとビジネスの両方がわかるコンサルティング」の中心にいた人物です。
阿部氏が社長になった経緯は、同社が公表した資料に詳しく書かれています。
2016年9月に東証マザーズへ上場した直後、当時の社長は単価の高い案件に絞る方針を急いで進めました。ところが、安定していた受注を急に絞った一方で、それに見合う新しい案件は取れませんでした。仕事のないコンサルタントが増え、稼働率が大きく落ち込みます。
同年12月9日、会社は業績予想を下方修正し、社長は責任を取って辞任しました。取締役会が全会一致で後任に選んだのが、コンサルティング&IT事業本部長だった阿部氏です。会社は、新体制で従来の成長戦略を踏襲すると説明しました。
急ぎすぎた方針転換で崩れた会社を、もとの強みに戻して立て直す。阿部氏の社長としての仕事は、そこから始まった。
編集部の視点社長就任後、ベイカレントは大きく姿を変えます。同社の常務執行役員は採用インタビューで、2017年ごろから「投資する会社」に変わってきたと振り返っています。
それまでは、他のコンサルファームやSIer出身の即戦力を採って、すぐに案件に入れることで業績を伸ばしていました。それが、コンサル未経験の20代、SIer出身の30代、新卒へと採用の幅を広げ、長い目で人を育てる方向へ変わります。新しいサービスづくりも、社内プロジェクトとして体制を組んで進めるようになりました。
そこへDX(デジタルトランスフォーメーション)の需要が重なります。ITとビジネスの両方がわかる人材をそろえていたベイカレントは、その追い風を受けて急拡大しました。部門を分けずに人を配置するワンプール制と、営業を専門職にした体制が、大量採用を成長につなげる土台になりました。
社長就任直後の2017年2月期に171億円だった売上は、2025年2月期に1,160億円、2026年2月期に1,483億円に達しました。約8.7倍です。2026年2月期は11期連続の最高益で、2027年2月期は1,900億円を見込んでいます。
社員は2017年2月期の1,194人から、2025年2月期には4,784人へ。人員の規模はBig4のコンサル部門を上回るとも報じられています。2025年4月には日経平均の構成銘柄にも採用されました。組織の詳しい姿はベイカレントの組織図で解説しています。
阿部氏が公式サイトのメッセージで繰り返し強調しているのは、日本企業としての立ち位置です。少子高齢化などの構造的な課題を抱える日本企業に対し、同じ日本企業として相手の価値観や文化に寄り添いながら、幅広い業界での実績と知見を生かして成長を支える。そのために、変化に柔軟に対応できる人材を育てる、という考え方です。
2026年4月の決算説明会では、大口の取引先との関係を深める方針を示しました。コンサルは同じ企業の仕事を多く手がけるほど、その企業への理解が深まる。だから、契約する企業の数より、一社一社を深く広く支援することを重視する、というものです。AIの特需が落ち着いた後も見据えた戦略と報じられています。
| 考え方 | 具体的な形 |
|---|---|
| 日本企業として寄り添う | 顧客の価値観と文化を理解したうえで提案する |
| 人を育てる | 未経験者・新卒の大量採用と中長期の育成 |
| 一社を深く広く | 大口の取引先との関係を深め、支援の範囲を広げる |
売上1,000億円を超える会社のトップでありながら、阿部氏が個人としてメディアに出ることはほとんどありません。経済誌の記事でも、本人へのインタビューではなく書面での回答をもとに書かれたものが見られます。発信の中心は、公式サイトのメッセージと決算説明会です。
数少ない公の場の一つが、同社がタイトルスポンサーを務める男子ゴルフの国際大会の発表会でした。語るより、数字で示す。それが、阿部氏の経営者としてのスタイルだといえます。
情報が少ないからこそ、候補者やエージェントがこの名前を調べたときに、確かな事実をまとめて知れる場所に意味があります。
2025年5月、阿部氏は8年以上務めた社長を退き、取締役会長になりました。後任は2009年入社の生え抜きで副社長だった北風大輔氏で、経営の若返りが狙いと報じられました。
ところが同年11月19日、北風氏が体調不良による病気療養に専念するため辞任します。会社は同日、阿部氏を代表取締役会長兼社長に選びました。会社は、経営方針や事業戦略に変更はないと説明しています。
2016年に危機のさなかで社長を引き継いだ阿部氏は、9年後にもう一度、予期しない形で経営の最前線に戻ったことになります。
ベイカレントを志望する候補者に、トップの経歴と経営の考え方を伝えられると、会社の理解が一段深まります。
| 阿部氏の経歴・考え方 | 候補者への伝え方 |
|---|---|
| 野村総研出身の技術者 | ITとビジネスの両方がわかる人材を求める会社であること |
| 2016年の危機を立て直した | 急な方針転換より、強みを伸ばす堅実な経営であること |
| 「投資する会社」へ | 未経験者・SIer出身者・新卒にも門戸が開かれていること |
| 一社を深く広く | 同じ顧客の複数の案件に関わり、深く理解する働き方になりやすいこと |
選考の対策はベイカレントの面接対策、出身者のその後はベイカレントからの転職先、会社の成り立ちはベイカレントの創業ストーリー・歴史で扱っています。創業者については江口新氏の記事をご覧ください。
阿部義之氏は、野村総合研究所の技術者からIT会社の代表を経て2008年にベイカレントへ入り、上場直後の業績悪化のさなか2016年に社長を引き継いだ。採用の幅を広げて人を育てる「投資する会社」へと変え、DXの追い風を受けて売上を8倍超に伸ばした。メディアにはほとんど出ず、数字で示す経営者であり、2025年11月からは会長兼社長として再び経営を率いている。
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