「年収を上げたいんです」。面談で最も多く聞く言葉の一つです。
ここで求人を並べ始めると、支援になりません。年収が上がる転職には、構造的に3つの経路しかないからです。どれを選ぶかで、必要な準備も、負うリスクも、5年後の姿も変わります。
この記事では、その3つを整理し、どの候補者にどれを勧めるかの判断基準までを扱います。
経路を示す前に、確かめるべきことがあります。本当に年収だけの問題かです。
| 言われたこと | 裏にある可能性 | 確かめ方 |
|---|---|---|
| 年収を上げたい | 生活費の不足(具体的な必要額がある) | いくら必要かを金額で聞く |
| 年収を上げたい | 評価されていないという感覚 | 同期や同年代との比較の有無を聞く |
| 年収を上げたい | 将来への不安(上限が見えた) | 今の会社の役職別の水準を知っているか |
| 年収を上げたい | 別の不満の言い換え | 年収が2割上がれば残るかを聞く |
最後の質問は有効です。「今の会社で年収が2割上がったら、転職しますか」。ここで迷う人は、年収以外に理由があります。
また、現年収の内訳を必ず確認します。基本給、賞与、固定残業、インセンティブ、手当。同じ600万円でも、中身によって次の提示額が変わります。
最も確実に年収が上がるのは、同じ職種・同じ業界で、より払える会社へ移ることです。
理由は単純です。経験がそのまま評価されるから。未経験の領域に移れば、年収は一度下がるのが普通です。
| 同業転職 | 異業種・異職種 | |
|---|---|---|
| 年収の動き | 上がりやすい | 一度下がることが多い |
| 評価の基準 | これまでの実績が通用する | ポテンシャル採用になる |
| 立ち上がり | 早い | 時間がかかる |
| 5年後 | 同じ市場での積み上げ | 新しい市場での可能性 |
| 向く人 | 今の仕事を続けたい人 | 仕事そのものを変えたい人 |
同業の中でも、年収の差は企業によって大きく開きます。同じ営業職でも、扱う商材の単価と粗利率で払える額が変わるからです。
確認すべきは「その会社は、なぜ高く払えるのか」です。理由が説明できない高年収は、後で下がります。
固定給の会社では、年収の上限が役職で決まります。インセンティブのある会社では、成果が直接年収になります。
人材紹介、不動産、保険、SaaSの営業。個人の成果が数字で見える職種に多い形です。
| 確認する項目 | なぜ重要か |
|---|---|
| 固定と変動の比率 | 固定が低すぎると生活が不安定になる |
| 支給の基準 | 粗利か売上か、何%か、控除はあるか |
| 支給の時期 | 入金後か成約時か。入社直後は無給に近いことも |
| 上位者の実績 | 制度上の上限ではなく、実際に出ている額 |
| 分布 | 上位数名だけが稼いでいないか |
| 制度変更の履歴 | 過去に率が下げられていないか |
最も重要なのは分布です。「トップは年収2,000万円」という説明は、全体の中央値が600万円なら意味が違ってきます。
聞き方は具体的にします。「昨年、入社2年目の方の年収は、最も高い人と中央値でいくらでしたか」。答えられない企業は、その数字を管理していないか、見せたくないかのどちらかです。
そして制度変更の履歴。インセンティブの率は、会社の都合で下げられます。過去に下げた実績がある会社は、また下げます。
3つ目が最も見極めが難しく、最も持続します。収益性が高く、かつそれを人に配分する会社です。
条件は2つあり、両方が揃って初めて成立します。
| 原資がある | 人に配分する | 結果 | |
|---|---|---|---|
| 両方ある | ○ | ○ | 高年収が続く |
| 原資のみ | ○ | × | 会社は儲かるが給与は普通 |
| 意思のみ | × | ○ | 払いたくても払えない |
| 両方なし | × | × | — |
原資があるかは数字で分かります。
| 指標 | 見方 |
|---|---|
| 営業利益率 | 10%超なら余裕がある。20%超は構造的に強い |
| 一人あたり売上・利益 | 人数で割る。労働集約かどうかが分かる |
| 利益の安定性 | 市況で乱高下していないか |
人に配分する意思があるかは、別の指標で見ます。
| 指標 | 見方 |
|---|---|
| 平均年収の推移 | 利益が伸びたとき、給与も上がっているか |
| 平均勤続年数 | 短ければ、払っていても続かない環境 |
| 労働分配率 | 付加価値のうち人件費に回る割合 |
| 賞与の変動 | 業績連動が実際に機能しているか |
利益率が高いのに平均年収が伸びていない会社は、原資を人以外に使っています。設備、内部留保、株主還元。それ自体は経営判断ですが、候補者の年収は上がりません。
逆に、利益率が高く平均年収も伸び、勤続年数も長い会社は、3つ目の経路の典型です。キーエンス、オービック、三菱商事といった企業がここに入ります。
3つの経路は、候補者の状況によって向き不向きがはっきり分かれます。
| 候補者の状況 | 勧める経路 | 理由 |
|---|---|---|
| 今の仕事を続けたい・実績がある | 1(同業転職) | 実績が最も評価される |
| 成果を出す自信がある・若い | 2(インセンティブ) | 上限がなく、失敗しても取り返せる |
| 家族がいる・安定も必要 | 3(高収益×配分) | 変動が小さく、水準が高い |
| 40代以降・管理職 | 1または3 | 変動給での再挑戦は負担が大きい |
| 未経験の領域に移りたい | いずれも当面は難しい | 年収と職種転換は両立しにくい |
最後の行は、はっきり伝えるべきことです。年収を上げることと、やりたい仕事に変えることは、同時には難しい。
どちらを優先するかを決めてもらう。両方叶えようとして、どちらも中途半端な求人を勧めるのが最も悪い支援です。
「年収800万円可」という記載は、可能性の話です。実際に誰が、どの条件で得ているかを確認しなければ意味がありません。
| 情報源 | 分かること |
|---|---|
| 有価証券報告書 | 平均年収・平均年齢・平均勤続年数(上場企業) |
| 決算資料 | 営業利益率・従業員数・一人あたりの利益 |
| 求人票の給与レンジ | 下限が実質の提示額であることが多い |
| 企業への直接確認 | 同年代・同職種の実際の支給実績 |
| 過去の決定実績 | 自社が過去に決めた人の提示額 |
平均年収は年齢と一緒に見ます。平均年収900万円でも平均年齢45歳なら、30歳の候補者の提示額はそこまで届きません。
最も確実なのは自社の過去の決定実績です。同じ企業に、同じような経歴の人を過去に送っているなら、そのときの提示額が最も精度の高い予測になります。
この蓄積があるかどうかが、エージェントとしての提案の精度を分けます。個人のメモで終わらせず、組織の記録にしておく価値がここにあります。
年収を上げる転職には、見落とされがちなリスクがあります。提示額と、実際に受け取る額は違うことがあるからです。
| 起こり得ること | 確認すべきこと |
|---|---|
| 固定残業が含まれている | 何時間分か。超過分は支払われるか |
| 賞与が業績連動で変動 | 過去3年の支給月数の実績 |
| インセンティブが想定に届かない | 入社1年目の平均的な実績 |
| 試用期間中は減額 | 期間と減額幅 |
| 手当が前職より少ない | 住宅手当・家族手当の有無 |
| 残業代の扱いが変わる | 裁量労働・管理監督者になるか |
特に見落とされるのが手当です。前職に住宅手当が月3万円あった場合、年収では36万円の差になります。提示額が50万円上がっても、実質は14万円です。
年収は総額ではなく内訳で比較する。この一手間が、入社後の「聞いていた話と違う」を防ぎます。
年収を上げる転職には、繰り返しやすいという性質があります。1回上げた人は、次も年収を理由に動きます。
これは悪いことではありませんが、3年ごとに転職を繰り返した経歴は、やがて本人の選択肢を狭めます。
| 回数 | 企業側の見方 |
|---|---|
| 1回 | 問題にならない |
| 2〜3回 | 理由を聞かれる |
| 短期間で4回以上 | 定着への懸念が生じる |
だから最初の面談で、「その会社で、どうすれば年収がさらに上がるか」まで確認しておきます。
昇給の仕組み、役職ごとの水準、評価の基準。入った後に上がる道があるかを確認しておけば、次の転職の必要性が下がります。
そしてもう一つ。入社半年後に、実際の年収を確認する。提示どおりに支払われているか、インセンティブは想定の範囲か。ここまで追う習慣が、次の紹介の精度を作ります。
「今の会社で2割上がったら残りますか」と聞いてください。迷う人は年収以外に理由があります。
制度上の上限ではなく、入社2年目の中央値と最高額を企業に確認してください。
総額ではなく内訳で揃えてください。固定残業、賞与の実績、手当の差で実質が変わります。
営業利益率と、平均年収の推移を一緒に見てください。儲かっていても配分しない会社があります。
半年後に実際の年収を確認してください。次の紹介の精度になります。
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