「労働人口が減るのに、人材紹介市場が伸びるのはおかしい」。この違和感は、前提が一つずれています。減っているのは生産年齢人口(15〜64歳)であって、就業者数は6,828万人と過去最高です。そして市場を動かしているのは人の「数」ではなく、転職者数×紹介経由率×単価という掛け算です。この記事は、その掛け算の各項が何によって動いているかを、公的統計から解剖します。
※出典:総務省「労働力調査」2025年平均(基本集計・詳細集計)、厚生労働省「職業紹介事業報告」令和6年度、矢野経済研究所「人材ビジネス市場に関する調査(2025年)」、総務省・国立社会保障・人口問題研究所の人口統計。数値は公表値と、それに基づく編集部の試算です(2026年9月時点)。
まず、多くの人が混同している二つの数字を分けます。
生産年齢人口(15〜64歳)。1995年の8,716万人をピークに減り続け、現在は7,400万人前後。約1,300万人、15%減りました。「労働人口が減っている」と言うとき、通常はこの数字を指しています。
就業者数(実際に働いている人)。2025年平均で6,828万人、前年比+47万人、5年連続の増加で過去最高です。雇用者数も6,185万人(+62万人)と伸びています。
なぜ生産年齢人口が減るのに就業者が増えるのか。答えは女性と高齢者です。2025年の就業者増加47万人のうち、女性が44万人を占めます。15〜64歳の女性就業率は75.3%(+1.2ポイント)、65歳以上の就業も伸び続けています。かつて「働いていなかった人」が労働市場に入ることで、生産年齢人口の減少を埋めてきました。
つまり、人材紹介市場が向き合っている「働く人の総数」は、減っていません。この事実が、逆説の半分を解きます。残りの半分は、市場の構造そのものにあります。
人材紹介市場の規模は、厚生労働省の職業紹介事業報告では紹介手数料の収入合計で測られます。この数字は、次の式に分解できます。
手数料収入 = 転職者数 × 紹介経由率 × 1件あたり単価
・転職者数。1年間に転職した人の数。労働力調査で把握できます。・紹介経由率。そのうち、人材紹介会社を経由して決まった割合。・単価。1件あたりの手数料で、理論年収×料率(概ね30〜35%)。
この3つが、それぞれ別の理由で動いています。転職者数はほぼ横ばい、紹介経由率は上昇、単価は上昇。これが、労働人口が減っても市場が伸びる理由の骨格です。以下、一つずつ見ていきます。
2025年の転職者数は330万人(前年比▲1万人、4年ぶりの減少)。就業者の約4.8%が1年間に転職している計算で、この比率は2010年代からほぼ一定です。転職者の「数」は、市場の成長要因ではありません。
しかし、その手前の数字が動いています。転職等希望者は1,023万人(+23万人)。就業者の7人に1人が「転職したい」と考えている。転職者330万人に対し、希望者はその3倍。この差が、人材紹介にとっての「潜在市場」です。
転職希望が転職に結びつかない理由は、①情報がない ②条件が合わない ③踏み切れない。のいずれかで、エージェントが介在する価値はまさにここにあります。転職者数が横ばいでも、「希望者のうち実際に動く人の割合」を上げる余地が、構造的に存在しています(転職活動の設計)。
私自身、エージェントとして数千名の候補者と向き合ってきました。第一志望の企業から内定が出て、涙を流しながら「ありがとう」と言ってくださった方がいます。その方は、私と話す前は「転職したい」という希望者の一人にすぎませんでした。希望者1,023万人と転職者330万人の差は、統計上の数字ではなく、一人ひとりの「踏み切れない」が積み重なったものです。それを動かすのがこの仕事であり、市場の潜在需要はそこにあります。もう一つの変化は世代です。終身雇用を前提に働いた世代が引退し、「転職は当たり前」という世代が労働市場の中心になりつつあります。転職者数が横ばいなのは、退出する世代の低い転職率と、参入する世代の高い転職率が相殺しているためで、この相殺が終われば、転職者数は上向く。これが中期の見立てです。
市場成長の最大の要因は、転職のうち人材紹介を経由する割合が上がっていることです。
厚労省の事業報告によると、有料職業紹介による常用就職件数は約92万件(令和6年度)。転職者330万人に対して、およそ4件に1件が紹介経由という水準にまで上がっています。かつて紹介は「管理職・専門職の一部」のためのサービスでしたが、いまは中途採用の主要チャネルです。
なぜ企業は紹介に頼るのか。理由は「自力で採れない」からです。求人媒体に出しても応募が来ない、来ても要件に合わない。人手不足が深刻な産業ほど、この状態が常態化しています。紹介手数料(年収の30〜35%)は高い。それでも払うのは、採れないコスト(欠員による機会損失、既存社員の疲弊)の方が大きいからです。
この構造は、産業の広がりにも表れています。かつてホワイトカラーが中心だった紹介市場に、医療・介護・建設・物流・保育といった人手不足産業が加わりました。矢野経済研究所のホワイトカラー職種の推計(4,490億円)と、厚労省の全事業所ベース(9,835億円)の差は、この「ホワイトカラー以外」の拡大を示しています(物流の職種の全体像・建設・不動産の職種の全体像)。
そして供給側も増えています。有料職業紹介事業所は30,561事業所(令和6年度)。参入が容易なため事業者数が増え、それが「紹介という選択肢」を企業と求職者の双方に広げ、経由率をさらに押し上げる。需要と供給が互いを増やす循環が起きています(人材業界の構造分析)。
| 指標 | 値(直近) | 市場への意味 |
|---|---|---|
| 有料職業紹介の常用就職件数 | 約92万件 | 転職者の約4件に1件が紹介経由 |
| 有料職業紹介事業所数 | 30,561 | 参入が増え、紹介という選択肢が広がる |
| ホワイトカラー紹介市場(矢野) | 4,490億円(+12.0%) | 従来型の中核市場 |
| 全事業所の手数料収入(厚労省) | 9,835億円(+17.6%) | 医療・介護・建設・物流など非ホワイトカラーの拡大を含む |
3つ目の変数が1件あたりの単価です。厚労省の数字から逆算すると、手数料収入9,835億円÷常用就職92万件≒103万円。これが平均単価です。
単価は理論年収×料率で決まるため、二つの要因で動きます。①年収の上昇。2023年以降の賃上げにより、中途採用者の想定年収が上がった。年収が5%上がれば、手数料も5%上がる。②料率の上昇。こちらは見落とされがちですが、市場を押し上げる力として年収上昇に劣りません。
かつて人材紹介の料率は「理論年収の30〜35%」が相場でした。いまはこの相場が崩れています。人手不足が深刻な職種では35〜40%が標準になり、採用難易度の高い専門職・ハイクラスでは40〜50%、そして極端に採用が難しい領域では、一人の採用に対して年収の100%、それ以上を払う企業が現実に存在します。年収600万円の人材を採るために600万円以上の手数料を払う。数年前なら考えにくかった水準が、医療・エンジニア・経営幹部などの領域で起きています。
料率が30%から50%に上がれば、同じ転職者数・同じ年収でも手数料収入は1.67倍になります。手数料収入が4年で約1.9倍になった要因の相当部分は、この料率上昇で説明できる。これが、統計の裏側にある実態です。
さらにハイクラス化があります。年収600万円以上の転職に特化するエージェントが増え、1件200万〜300万円の決定が積み上がる。JACリクルートメントやビズリーチのような高単価領域の成長は、決算にも表れています(JAC・ビジョナル)。
ここで重要なのは、単価の上昇は、労働人口と無関係に起きることです。人が減っても、一人あたりの年収が上がれば手数料は増える。むしろ人が減るから賃金が上がり、賃金が上がるから手数料が増える。労働人口減少は、単価を通じて市場を押し上げる方向に働いています。
単価の上昇を、私は現場で見てきました。両面型エージェントとして年間1億円以上の売上を作る過程で、一人の採用に対して料率50%、100%、それ以上を払う企業を何社も見ています。人手不足が深刻な領域では、料率は「相場」ではなく「困り具合」で決まります。
同時に、その裏側も見ました。かつて事業が好調で紹介手数料も高く、私を含む多くのエージェントが積極的に支援していた企業がありました。市場環境が変わり、事業の成長が落ち着き、手数料の水準が変わると、エージェントからの支援は徐々に減っていきました。誰かが悪いのではありません。成果報酬型である以上、成果につながりやすい企業へ資源が向かうのは自然な構造です。
しかし、この光景は市場の性格をそのまま示しています。人材紹介市場は、人の数ではなく「企業がどれだけ困っているか」に比例して伸びる。単価が上がっている理由は、企業が困っているからであり、その困り具合が偏れば、支援も偏る。この記事で示した「単価の上昇」という変数は、私にとって統計である前に、日々の意思決定の中で肌で感じていた現実です。
| 領域 | 料率(目安) | 背景 |
|---|---|---|
| 一般的な職種(事務・営業など) | 30〜35% | 従来の相場。競合が多く、料率は上がりにくい |
| 人手不足職種(施工管理・物流・介護など) | 35〜40% | 2024年問題・高齢化で需給が逼迫 |
| 専門職・ハイクラス(コンサル・金融・IT上流) | 40〜50% | 候補者が少なく、企業が「採れれば払う」状態 |
| 極端な採用難(医師・特定エンジニア・経営幹部) | 50〜100%以上 | 一人の採用が事業の成否を左右する領域 |
ここまでを重ねると、逆説は消えます。
①働く人の総数は減っていない(女性・高齢者の参加)。②転職者数は横ばいだが、予備軍は増えている。③企業が自力で採れなくなり、紹介経由率が上がった。④賃上げと料率上昇で単価が上がった。⑤紹介の対象産業がホワイトカラーの外へ広がった。
これらは互いに独立ではなく、すべて「人手不足」という一つの原因から派生しています。人手不足が賃金を上げ(単価↑)、企業の自力採用を難しくし(経由率↑)、人手不足産業を紹介市場に引き込み(対象↑)、そして働く人の潜在需要を掘り起こす(女性・高齢者の参加)。
つまり労働人口の減少は、人材紹介市場を縮小させる要因ではなく、市場の性格を変える要因です。「人が余っている市場」から「人が足りない市場」へ。人材紹介という業態は、後者でこそ価値が上がる。企業が困っているほど、仲介の対価は高くなるからです。
この構造は、他国でも観察されます。労働力不足が先行した国ほど、人材サービス市場のGDP比は高い。日本の人材紹介市場は、その道をいま辿っている段階です。
伸びる構造を解剖したうえで、止まる条件も正直に見ておきます。市場が永遠に伸びることはありません。
①転職者数の天井。就業者の総数が女性・高齢者の参加で支えられている以上、その参加率が頭打ちになれば、就業者数は減少に転じます。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2030年代に就業者数の減少が本格化する見通しです。転職者数の母数が減れば、経由率と単価で補うにも限界が来ます。
②事業者過多。30,561事業所という数は、明らかに多い。参入が容易な分、質の低い事業者が増え、企業からの信頼を損なう。手数料規制の議論(医療・介護分野での紹介手数料への批判、上限設定の検討)は、この過多の帰結です(制度改正の動向)。
③AIによる代替。書類選考、スカウト文面、日程調整といった工程はすでにAIに置き換わりつつあります。「情報の仲介」だけをしているエージェントは、単価を維持できません。残るのは、候補者の経験を検証し、推薦に責任を持ち、企業との信頼で情報を得るという、AIにできない機能です(AI時代に残る機能・AI対AIの採用市場)。
④ダイレクトリクルーティングの浸透。企業が求職者に直接スカウトを送る形が広がれば、紹介経由率は下がります。ただし現時点では、ダイレクト経由でも「ヘッドハンター」として紹介会社が介在するケースが多く、代替というよりチャネルの多層化として進んでいます(ダイレクトリクルーティングの構造)。
総合すると、「量」の成長は2030年代に鈍化し、「単価と質」で伸びる市場に変わる。これが、統計から読める中期の見通しです。
私はエージェントという仕事を天職だと思っています。それでも、起業したのは人材紹介会社ではなく、企業に持続的な採用力をつくる会社でした。理由は、上に書いた「マネーゲーム」への違和感です。採用予算が潤沢でブランド力のある企業が採用に成功し続けることは、本当に正しい在り方なのか。変革期や苦しい局面にある企業こそ、事業を牽引する人材を必要としているのではないか。
ただし、これは人材紹介の否定ではありません。日本よりはるか昔に終身雇用が崩壊した米国でも、エージェントは残り続けています。「アメリカのビジネスマンが持つべきものは、医者と弁護士とエージェント」と言われるほどです。企業が採用力を持つ時代が来ても、候補者を深く理解し、意思決定に最後まで伴走するエージェントの価値は消えない。むしろ、企業側が採用を理解するほど、「本物のエージェント」と「情報を右から左へ流すだけの事業者」の差は、はっきり見えるようになる。反転の局面で起きるのは、市場の消滅ではなく、この選別だと考えています。
市場が伸びているからといって、すべてのエージェントが伸びるわけではありません。むしろ、市場全体の成長が、個社の停滞を隠している局面です。
示唆は3つ。①「数」ではなく「経由率」を上げる仕事をする。転職者数が横ばいである以上、成長は「希望者を動かす」「企業に紹介を選ばせる」ことから生まれます。候補者の意思決定を支援する技術と、企業に「自力で採れない領域」を認識させる提案が、そのまま市場シェアになります(意思決定支援・採用要件の再定義)。
②単価が上がる領域に立つ。賃上げと人手不足が単価を押し上げているのは、専門職・技術職・人手不足産業です。事務職やAIで代替が進む職種を中心に扱う会社は、市場が伸びても単価が下がります。どの職種・どの業界に立つかが、事業の伸び率を決めます(「良い候補者」を定義し直す)。
③反転の前に、AIにできない機能へ寄せる。2030年代に「量」の成長が鈍化したとき、生き残るのは推薦の質と企業からの信頼で選ばれるエージェントです。いま市場が伸びているうちに、その機能を組織に埋め込む。これが、この記事の結論です(エージェントのあるべき姿)。
労働人口の減少は、人材紹介にとって追い風です。しかし追い風は、帆を張った船にしか効きません。
減っているのは生産年齢人口であり、就業者数は女性・高齢者の参加で6,828万人と過去最高。人材紹介市場は転職者数×紹介経由率×単価の掛け算で動き、転職者数は330万人で横ばいだが、企業が自力で採れなくなったことで経由率が上がり、賃上げに加えて料率が30〜35%の相場から50%、極端な領域では100%以上へ上がったことで単価が上がった。手数料収入は4年で約1.9倍の9,835億円。人口減少は市場を縮めるのではなく、「人が足りない市場」へと性格を変え、仲介の対価を高めている。ただし2030年代に量の成長は鈍化し、単価と質で伸びる市場に変わる。
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